第5回:呼吸とメンタルマネジメント――深い呼吸がビジネスの成果を左右する

前回は、腸内環境とテストステロン、さらにはストレス耐性との関わりについてお話ししました。
今回は、ビジネスパーソンが日々直面するストレスを和らげ、テストステロンの減少を防ぐためのシンプルかつ効果的なアプローチとして「呼吸」に注目してみましょう。

「呼吸なんて意識しなくても勝手にしているもの」と思われがちですが、実は浅い呼吸を続けることで自律神経のバランスが乱れ、メンタル面やパフォーマンスに大きな影響を及ぼすことがあります。
日常生活の中でほんの数分、呼吸を意識的にコントロールするだけでも、テストステロンをはじめとするホルモンバランスを整え、ストレスを軽減する効果が期待できるのです。

1.なぜ呼吸がメンタルに影響を与えるのか

1-1.自律神経と呼吸の深い関係
人の自律神経は、大きく「交感神経」と「副交感神経」の2種類に分けられます。交感神経は活動や緊張時に優位となり、副交感神経はリラックスや休息時に優位になる傾向があります。このバランスが崩れると、ストレスを強く感じたり、心身の疲労が抜けにくくなったりするのです([1])。

呼吸は、この自律神経をコントロールする最も直接的な手段の一つといわれています。普段の生活では意識せず浅い呼吸になってしまうことが多いのですが、意識して深い呼吸を行うことで副交感神経を優位にし、リラックス状態をもたらすことが可能です([2])。

1-2.ストレスホルモンのコントロール
前回も触れたコルチゾール(ストレスホルモン)は、ビジネスパーソンが大きなプレッシャーを感じたり長時間労働を続けたりする中で増加しやすく、テストステロンの分泌を抑制する要因となります。
深い呼吸によって副交感神経が活性化すると、コルチゾールの分泌が抑えられ、結果的にテストステロン値を維持しやすくなると考えられています([3])。

2.ビジネスパフォーマンスと呼吸の関係

2-1.集中力・判断力の向上
「大事なプレゼン前にあがってしまう」「会議中に思考がまとまらない」……そんな経験はありませんか? 実は、緊張やストレスを感じている状態では呼吸が浅く早くなる傾向があり、脳への酸素供給量も減りがちです。その結果、判断力や集中力の低下を招き、ビジネスシーンでのパフォーマンスが著しく下がってしまいます([4])。

逆に、深くゆったりとした呼吸を意識することで脳内の酸素供給がスムーズになり、思考や発想がクリアになりやすいのです。急なアクシデントが起きても呼吸法を使って落ち着きを取り戻せれば、冷静な判断に繋げやすくなります。

2-2.メンタルの安定とコミュニケーション
社内での人間関係や営業先との交渉など、ビジネスにはコミュニケーションスキルが欠かせません。
呼吸が浅いとき、人は知らず知らずのうちに緊張状態となり、声のトーンや表情も硬くなりがちです。一方、深い呼吸で副交感神経が優位になると、余裕が生まれ、相手の話に耳を傾ける姿勢や笑顔を自然に引き出しやすくなります。

また、呼吸法を取り入れたメンタルトレーニングを行うことで、自分自身の感情の起伏を上手にコントロールできるようになり、ビジネス上のストレスに強くなるというメリットも期待できます([5])。

3.簡単にできる呼吸法の実践

3-1.腹式呼吸の基本ステップ
腹式呼吸は、副交感神経を刺激する代表的な呼吸法です。デスクワークの合間や移動時間など、場所を問わず比較的簡単に実践できます。

1. 姿勢を正す
椅子に座っている場合は、背もたれに寄りかからず腰を立てましょう。立っている場合は、肩の力を抜いてまっすぐ立つことを意識します。

2. ゆっくり鼻から息を吸う
4~5秒かけて息を吸い込み、このときにお腹が前に膨らむ感覚を意識します。胸で呼吸するのではなく、お腹を使うのがポイントです。

3. 少し息を止める
1~2秒程度、息を止めてみましょう。慣れてきたら少し長めに止めてもOKです。

4. 口からゆっくり息を吐く
4~5秒かけてお腹をへこませるイメージで息を吐きます。このとき、肩や首、顎の力が抜けていく感覚をつかむとよりリラックスできます。

この流れを1セットとして、1日に数回(朝起きてすぐ、昼食後、就寝前など)行うだけでも、自律神経のバランスを整える効果が期待できます。

3-2.4-7-8呼吸法
「4-7-8呼吸法」はアメリカの医学博士アンドルー・ワイル氏が推奨する呼吸法で、短時間でリラクゼーション効果を高める方法の一つとして知られています([6])。やり方は以下の通りです。

1. 姿勢を整え、口を閉じて4秒かけて鼻からゆっくり息を吸う
2. 7秒かけて息を止める
3. 8秒かけて口から息を一気に吐き出す

最初は4秒・7秒・8秒のカウントが難しいと感じるかもしれませんが、慣れてくると自然とリズムが作れます。ポイントは「吐くときにしっかり息を吐き切ること」。余分な息を吐き出すことで緊張が和らぎ、心身をリセットする感覚が得られます。

4.マインドフルネスと呼吸の融合

4-1.マインドフルネスの概要
マインドフルネスは「今、この瞬間に意識を向ける」瞑想法として注目されており、ビジネスの現場でもパフォーマンス向上やストレス軽減の目的で導入されるケースが増えています([7])。呼吸に意識を向けることで、雑念や不安から一時的に距離を置き、心を穏やかに保つ効果が期待できます。

4-2.簡単に始めるマインドフル呼吸
難しいポーズや長時間の坐禅が必要なわけではありません。始め方はシンプルです。

1. 静かな場所で楽な姿勢をとり、目を閉じる(開けたままでもOK)。
2. 呼吸に意識を集中し、息が鼻から入って肺やお腹を満たす感覚を観察する。
3. 雑念や思考が浮かんでもそれを評価せず、再び呼吸に意識を戻す。

最初は3分程度から始め、慣れてきたら5分、10分と少しずつ延ばしてみましょう。忙しい合間に短時間でできるのも利点の一つです。

5.呼吸を整えるための注意点と継続のコツ

5-1.力まず自然に行う
呼吸法やマインドフルネスに取り組むときは、「完璧にしよう」と力みすぎると逆効果になりがちです。
深く吸おうと意識しすぎて過呼吸気味になったり、背筋を張りすぎて体に余計な緊張が入ったりすることがあります。
呼吸法の基本はあくまでも“リラックス”。肩や首の力をふっと抜いて、自然な呼吸のリズムを感じることを大切にしましょう。

5-2.習慣化のコツ
呼吸法は一度や二度行っただけでは、大きな効果は得られにくいかもしれません。重要なのは「続ける」ことです。
次のような工夫で習慣化しやすくなります。

– 決まった時間帯に取り入れる
朝起きたらまず腹式呼吸を5回、昼休みに4-7-8呼吸法を1~2セットなど、“いつ・どこで”やるかを決める。

– スマホのリマインド機能を使う
1日2~3回、タイマーやアラームを設定して呼吸法の時間を確保する。

– 最初は短時間から
3分間の呼吸法が続けられるようになってから5分、10分と徐々に時間を伸ばしていく。

まとめと次回予告

呼吸は何気なく行っている生理現象ですが、その質や方法を少し変えるだけで自律神経のバランスを整え、コルチゾールの過剰分泌を抑え、最終的にはテストステロンの維持に繋げることが期待できます。常に高い集中力と安定したメンタルが求められるビジネスパーソンほど、ぜひ呼吸法やマインドフルネスを取り入れてみてください。
短い時間でも積み重ねることで、仕事のパフォーマンスやストレス耐性に違いが感じられるはずです。

次回は「テストステロンを味方にする食事術――日々の食選びが変える体と心」をテーマにお届けします。
栄養バランスやサプリメントの正しい活用法など、ビジネスパーソンの忙しい日常でも無理なく実践できるヒントを満載でお伝えします。

どうぞお楽しみに。

 

【参考文献】
[1] Dampney RA. Central neural control of the cardiovascular system: current perspectives. Adv Physiol Educ. 2016;40(3):283-296.
[2] Jerath R, Edry JW, Barnes VA, et al. Physiology of long pranayamic breathing: neural respiratory elements may provide a mechanism that explains how slow deep breathing shifts the autonomic nervous system. Med Hypotheses. 2006;67(3):566-571.
[3] Brown RP, Gerbarg PL. Sudarshan Kriya yogic breathing in the treatment of stress, anxiety, and depression: part II—clinical applications and guidelines. J Altern Complement Med. 2005;11(4):711-717.
[4] Chiesa A, Serretti A. Mindfulness-based interventions for stress management in healthy people: a review and meta-analysis. J Altern Complement Med. 2009;15(5):593-600.
[5] Hoge EA, Guidos BM, Mete M, et al. Effects of mindfulness meditation on occupational functioning and health care utilization in individuals with anxiety. J Psychosom Res. 2020;134:110125.
[6] Weil A. “The 4-7-8 Breath.” (Online resource) <https://www.drweil.com/>
[7] Kabat-Zinn J. Mindfulness-based interventions in context: past, present, and future. Clin Psychol Sci Pract. 2003;10(2):144-156.